全教研の有名卒業生たち

東京新聞  2006年2月22日

野望の軌跡(1) 原点

厳格な家 田舎を脱出
 
福岡県八女(やめ)市。茶の栽培で知られる県南の小都市は人口約3万9千人。繁華街や鉄道の駅はなく、田園地帯が広がる。ライブドア前社長堀江貴文(33)=証券取引法違反罪で起訴=はここに生まれ、普通のサラリーマン家庭に育った。

堀江の幼少時代を知る人たちは一様に「頭のいい子だった」と言う。

小学5、6年当時の担任だった山口久幸(59)は「テストは満点かほとんど満点。百科事典や社会科で使う資料集をよく読んでいた」と振り返る。

社会科の時間。堀江は当時の中曽根改造内閣の大臣の名を次々と言い当てた。同級生だった男性(33)は懐かしそうに「堀江はずばぬけて成績が良かったから、学校中が知っていた」と話した。

進学したのは九州有数といわれる中高一貫校・久留米大付設中。同じ小学校から進学したのは堀江ただ1人だ。

中学1年の時から新聞配達を始め、毎日午前4時前に起きた。60軒分の新聞をかごに入れ、自転車をこいだ。新聞は全部で7種類だったが、どれをどこに配達するか、堀江は初日に全部覚えたという。アルバイト学生を指導した元店員(39)は堀江の記憶力のよさを覚えている。

「覚えの早い子でも4、5日、遅い子は10日もかかるから驚いた。冬を越せずにやめていく子が多かったが、堀江はずっと頑張っていた」

2年余りの間、苦情は1件もなく、まじめに配達を続けた。

堀江が小4から中3まで通っていた地元の進学塾「全教研」社長の中垣一明(54)は、堀江が中学2年のころ、彼の隠れた才能に気が付いた。

授業のない日に塾にやってきては、パソコンをいじって独学した。ある日、中垣は英語の授業で使う学習ソフトのプログラムを頼んでみた。

「授業の邪魔になってもいかんから6カ月の猶予を与えたんです。そうしたら1カ月で『できました』と持ってきた」

後にインターネットを駆使して事業を起こした才能は、このころから芽生えていた。

中でも地元でよく比較されるのが、中、高、全教研を通して同級生だった孫泰蔵(33)だ。

泰蔵はソフトバンク社長孫正義(48)の弟で、大証ヘラクレス上場のオンラインゲーム会社「ガンホー・オンライン・エンターテイメント」会長を務める。

2人をよく知る中垣は「泰蔵は中心になってみんなで騒ぐタイプ。堀江は不器用で友達も多くなく、距離を置いて見ていた。成績は下位だったから、劣等感があったのかもしれない」。

高校の担任だった大津留敬(72)も「決して成績はよくなかった。東大を受けると聞いて『えっ、大丈夫かな』と思った」と振り返った。

 「『温かい家庭』がどんなものなのか、まったく知らないままに私は子供時代を送った」

堀江は自著に少年時代をそう記している。

父は堀江を厳しくしつけたといい、中学時代、新聞配達や片道10キロの道のりを自転車通学させたのも、父の意向だったという。そんな父親に堀江は自著で批判的だ。

「一生懸命やっているわりには、全然お金を持っていない。『何でこんな苦しい作業を続けなければならないのか』と疑問を持っていた」

厳格な父親に対する反発。「無為に遊びほうけていて、高校2年の冬から進路について悩み始めた」という堀江は、担任や周囲の驚きをよそに、独自の勉強法で東大に現役合格した。

そして「とても田舎なので早く抜け出したかった」という福岡を離れた。(文中敬称・呼称略)


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